社長になると人間は3倍働く

わかさ屋美術印刷の企業戦略のひとつに、分社経営がある。
最初に述べたように、わかさ屋グループでは、企画制作会社、プランニング会社、デザイン会社など、関連7社があるが、若林は、近い将来、10社にはしたいと意気込んでいる。これは、彼の経営哲学と深く結びついた青写真なのである。
「うちの社員から、よく『社長の息子どうするんだ』といわれます。まだ小学生なんですが、社員にとっては、跡継ぎが気になるようですね。普通、印刷屋なんかは、全部子供に譲ってしまうケースが多い。でも、子供といえども、バカな人間が社長になったんでは、社員が困ってしまうでしょ。だから、まずは10社のうちひとつくらいやらせてみて、それを見てからでないとなんともいえない。もちろん、自分の子供ですから、やらせたくないわけはない。自分なりのメッセージというものもある。ゆくゆくは社長になるように教育していこうと思っていますが、そうならないかもしれない。結局は、本人しだいということですね」
ここまで大きくなってしまっては、もはや、個人的感情で会社を左右してはならないという厳しさがあるのである。若林は、それだけ、会社を、社員たち共有の財産として考えているといっていいと思う。
わかさ屋では、社員に自分の日標を書かせることがある。
これは他社でやっていたのを若林が見てきて、自分の会社に取り入れたシステムだ。1年後、3年後、5年後、10年後、自分はどうなっていたいのか、家庭はどうありたいのか、職場ではどうありたいのか、年収はいくらぐらいほしいのか。これを15ランクで評価し、社員の査定に応用している。やる気がある社員は、もちろん、分社の際に、社長にとりあげられる可能性がある。
「人間は、社長になると、3倍力がでます。経験が不足していてはいけませんが、それはこちらがバックアップしていけばいい。力そのものは、絶対に3倍でるんです。第一にまず社内の見方が変わってきますよね。彼は社長だという目で見るようになれば、おのずから力の込め方も違ってくる。次に下請け業者の対応も違ってくる。それなりにちゃんと扱うようになる。さらに、得意先の反応も違ってくる。そうなれば、本人もプレッシャーを感じてきますし、3倍頭を働かせなければならなくなってくる。結局3倍能力を発揮せざるを得なくなる。そういう意味で、社長は多いほどいいんです。どんどん分社して会社をふやしたほうが、3倍働く人間が大勢出てくる。会社の財産をたくさん残すよりも、大勢の社長を育てたほうが、ずっと得策なんです」
しかも、石川県では、東京と比べて若干平均給与が安い。そこで、若林は東京並みの給料を出す。すると、社員は2倍働いてくれる。3倍働く社長と、2倍働く社員がいれば、会社が発展していかないはずはない。
その流れにのって、若林は、名古屋の三上が始めた女性ネットワークのプラネッツのフランチャイズに参加し、石巻市で美容室を経営するなど、事業の多角化に乗り出しているのである。ことに、チラシの宅配をするプラネッツは、まさにびったりとチラシ印刷会社の事業展開にはまっている。

同業者の横槍で全国展開を決意

獅子奮迅の働きをしていた若林だったが、今度は同業者の組合から横槍が入った。24時間体制で仕事をされたんでは、こちらの分がなくなってしまうというのである。ここは若林と10年来のつきあいのある印刷資材会社社長の話を聞こう。
「組合には、誘われなかったから入らなかっただけだったらしいんです。それなのに、非難がガンガンきた。ちょうど3台目の機械を買おうとしていた矢先だったはずですね、その機械は3億する高速輪転機。それが組合を刺激したんでしょうね。組合始まって以来の大騒動になりました。印刷機械のメーカー側も、組合に睨まれると商売にならないので、『売らない』なんていい出すし。私とのところにも、印刷資材を売るなと、圧力がありましたよ。『アウトローの若林』なんていう怪文書が出回ってきて、直接の大喧嘩になりました。ほとんど回り全部を敵にまわしていた感じですね。本人もかなりつらかったんじゃないですか」
若林には、読みがあった。このまま24時間態勢を続けていけば、石川県はすぐに制覇できてしまう。どうせ、みんなを敵にまわすのならば、思いきって撃って出よう。大阪に出れば仕事はいくらでもあるーー。
そう考えた若林は、組合からの非難もかえりみず、3台目の印刷機械購入に踏み切ったのであった。
そうなっては我慢がならないのが組合側である。黙ってはいられない。大型機械で安く仕事をされたのでは、死活問題になってくる。そこで、組合に参加していた企業のうち、7社が出資して、共同経営の印刷会社を設立、やはり輪転機を購入して、若林に対抗したのである。
彼らは危機感を感じていたので、若林との関係は、ほとんど戦争状態だった。営業の鋳競り合いが繰り返された。その結果ーー。
組合側の共同会社は、機械を入れたばかりなので、トラブルが多発していた。半年の長があった若林側は顧客のィメージ通り印刷があがるというので、評判がよかった。1度は組合側に頼んでも、満足な仕上がりができないために、若林側に再度注文する会社さえあった。
勝負はついた。結果は若林側の圧勝だった。
現在、わかさ屋美術印刷では、一日にB4換算1200万枚のチラシを印刷している。