社員と直接話をするのが一番楽しい

若林は、「社員とのコミュニケーションさえとっていれば、どんなライバルにも、どんな苦境にも負けない」との信念をもっている。組織は人であるということを徹底的につきつめていけばたしかに彼の信念につきあたる。彼は、社外の人脈を大切にする一方で、社内の繋がりも、ことのほか大切にしているのである。
そのために、彼の会社では、幹部が定期的に社員と面接し、家庭を訪問したりしている。家庭訪問などというと、小学校を思い出すようだが、たしかに、家庭と会社のコミュニケーションが図れれば、仕事は円滑に進むにちがいない。
また、社員とのコミュニケーションを図るために、彼は月に1度、社員を2人ずつ自宅に呼んで食事をする機会をつくっている。
工場の職人の場合、社長と直接話をする機会はめったいないものだ。かりにそんな機会があったところで、営業マンと違って、彼らは、なかなか自分を主張しない。思っていることすら、口にしないことがある。
しかし、自宅に招かれて食事をともにすれば、いきおい口も軽くなる。つい、本音ももれるというものだ。
「他社から来た社長の話を聴くと、『社長とは10分も話したことがない』っていうんですね。そりゃ、経営者はいろいろ忙しいから、大勢いる社員の相手なんか、いちいちしていられない。それは十分にわかります。しかし、私は、社員全員と、10分以上どころか、月に1時間以上は話している自信がある。パートの子でも、最低1か月に30分は話したいと思っている。だいたい、社員と話をするのは楽しいんですよ。向こうの話も聴くけれど、こちらの夢も語る。こういう時間が経営者としては、1番楽しいはずです」
若林は、経営者仲間から、「お前のところの社員は、本当によく働く」といわれることがあるという。
しかし、それにたいして、若林は、
「そうですか」
としか答えない。実際、こんなことは、いくら説明しても、わかってもらえないものなのだ。すぐに分かってくれるような人ならば、そんな質問をするはずがない。
若林は、社外でも、社内でも、人に接する仕方を変えたりはしない。もともと不器用なタチの彼は、そんな二重人格のようなマネはできないのである。
しかし、それがさいわいして、彼は、社外でも社内でも、同じように、人を大事にして接することができる。それが、彼の人脈戦略の基本なのだろう。

士気を高める「まかせる」人使い

印刷の世界では、都市部で働いている職人よりも、地方で働いている職人のほうが、腕が確かだといわれている。 これは、根拠のない話ではない。都市部で働いている職人は、しょっちゅう引き抜きにあって職場が定まらないから、じっくりと腕を磨くチャンスが少ない。それにくらべて地方では、職場が安定しているから、ひとつの工場で、ゆっくりと腕が磨けるというのである。
そのためかどうか、地方の印刷工場では、職人を採用しても、なかなか大きな仕事をまかせない場合が多い。1、2年は、紙刷りやインクの色見といったアシスタント的な仕事しかさせないケースが多いのである。
ところが、若林は、入ってすぐの人間でも、すぐに仕事をまかせてしまう。1、2か月もすれば、一人前に仕事ができるように仕込んでしまう。
それだけではない。その分、給料もちゃんとあげるのである。
最初は10万円からスタートしても、1年のうちには、月給が5、6万円は昇給しているという。年に3回は昇給があるというのである。
こうなってくると、社員のやる気もぜんぜん違ってくる。しかも、さきほど述べたように、どんどん分社化していく方針をとっているから、社長になれる可能性も高い。社員の士気はすくぼる高いのである。5年以内にグループ全体で150億円という強気の売り上げ計画も、そんな社員操縦法があってのことだろう。
ところで、これだけ幅広く事業を展開しているわかさ屋の本社には、営業マンがたった3人しかいないといったら、読者は驚くだろうか。これは、デザインや企画・制作部門がしっかりと営業マンをフォローしているからこそ、できることなのである。もし、営業マンが顧客から注文をとり、細かい提案をして、クレームの処理までする。と1人で全部引き受けていたら、こんな体制は組めないだろう。
これもまた、若林の、「人にまかせる」の姿勢の現れといってよいだろう。