真面目なんだが、不真面目なんだか

龍角散の藤井康男社長は、山口恭一とトータル・ライフ・コミュニティーの人々を、次のように評している。
日本の社長なんていうのはね、みんな同じで、面白い奴なんていやしない。だいたいが権力欲と金の亡者で、文化なんていうものはありゃしないんです。
ところが、山ちゃん(山口恭一のこと)の回りに集まってくる人は、類は人を呼ぶというのか、なにか金儲け以外のことを考えている人が多いようですね。金儲け以外のことというとへんな言い方になるけれど、ようするに、一護千金で儲けようとか、みんなですごく大きな会社を作ろうとかいう発想ではなくて、もっと夢のある永続的なことを考えている。
だいたい名前がトータル・ライフ・コミュニティーでしょ。コミュニティーということは、そこにすでに文化があるんです。それを日指してやっている。
それにたいへん驚いたことは、このトータル・ライフ・コミュニティーという会は、ちょっと見ただけでは、真面目なんだか不真面目なんだか分からないような面がある。飲ん で騒いでいるだけじゃないかと思われる面もある。だけど、よく見てみると、そのなかに、しっかりとした土壌をもった人が大勢います。そういう人たちが、お互いに意見を出し合っているうちに、アイデアが盛り上がってきて、仕事になっていくという。そのあたりが、トータル・ライフ・コミュニティーが、他の異業種交流団体とちがって、今後ものすごく面白いかたちで発展していくと思う理由なんです。たぶん、いままでの日本の企業が考えなかった方向に行くのではないかという気がするんです。
こういう形ならばね、仮にひとつの事業で成功したとしても、他の会社にはちょっと真似ができないですよね。いくつもの会社が集まってやっているわけだから、当然社長同士が飲み歩いているだけということはない。会社同士が交流してまじわってやっているわけです。
話がちょっとオーバーになるけれども、そもそも日本という国がどうしてこんなに発展したかを考えてみると、シルクロードの終点にあったからなんですね。シルクロードというのは、世界中の文化が流れているでしょう。それが最終的に、いいものも悪いものも全部日本に流れてくる。日本人というのは、2000年の間に、それをセレクションする能力が発達した。日本の風土にあうものや日本人にあうもの、それからいままであったものと共存できるものだけを取り込んで、それ以外のもの、違和感のあるものはなんな放りだしてしまった。
まぁ、それが高じてキリシタンの排斥や鎖国にもなったわけだけれど、基本的には世界中の文化を吸収するのは日本人のほうがうまかったわけです。
アメリカも混在文化は現在文化なんですが、こちらのほうが、多民族国家という宿命を背負っている。多民族国家の場合は、取り込んだものを全部同化しようというパワーがない。それぞれ違ったままのユナイテッド・ステイツなわけです。
それに比べて、日本人というのは、なんでも同化しないと気がすまない。自分流に変えなければ気に入らないんです。フランス料理も日本風になってしまうし、中華料理もラーメンなどというへんなものを作り出す。でも、そういう力があるんです。
トータル・ライフ・コミュニティーも、そんなミニ日本の文化様式をそなえているといっていいんじゃないでしょうか。さまざまなものを激しく吸収して、自分の持っている鍋のなかで煮込んで新しい文化を作りあげていく。
だいたいね、さまざまな業種の人が20人30人と集まっていれば、停滞はしないもんなんです。お互いのカルチャーをもちよって、新しいカルチャーを作り上げる。トータル・ライフ・コミュニティーには、そういう面で期待しています。

つまり、山口恭一とトータル・ライフ・コミュニティーには、新しい文化をつくり出すだけのパワーがあるということなのだろう。たんに新しいビジネスを始めるだけならば、だれだってできる。しかし、新しい文化を作るとなると、一朝一夕にできることではない。やはりじっくりと時間をかけてかもし出さなければならない。ただ、情報を交換しあうだけの場でなく、そこから新しいものが生まれる可能性を秘めた交流団体だということだ。