情報はタダでは得られない

ハウスクリーニングの商売は、順調に流れていき、社員も増えていったが、山口恭一の気持ちのなかには、どこが釈然としない部分がわだかまっていた。ただの加盟店契約だけでは、なんだか物足りない気がしていたのである。
そんな頃、山口恭一は転送電話のチェスコムの篠野社長と知り合った。篠野社長は、アメリカにオフィスをもっている。現地の事情に通じた人を紹介してもらって、本場のアメリカのフランチャイズを調査してもらったのである。アメリカから資料を取り寄せて、マニュアルの作り方も勉強した。
それと並行して、山口恭一は日本のフランチャイズについても勉強をはじめた。

①商品にブランド性があること
②商品を自社で完全に抑えていること
③システムが確立されていること

この3つのうち、最低でも1つなければフランチャイズは成り立たないということを、山口恭一は学んだ。
「勉強すればするほど、自分の目指していたのが、このフランチャイズシステムだと思うようになった。フランチャイズにするためには、ブランドイメージやユニホームの統一から始まって、きっちりしたマニュアルがなければならない。ぼくのところに200人もの人間が集まってきたのは、たんなるベンチャービジネスブームで、マスコミが取り上げられてくれたから。それも機械を売ったらそれでおしまい。これではあとがつづかない。
だいたい、ぼくのところは、フランチャイズの3つの条件のうち、商品と呼べるものがない。ブランド力は後からついて来るにしても、やはり、システムを明確にしていかなければならないと考えたのです」
昭和60年の初めまで、ほぼ1年かけて山口恭一はフランチャイズを勉強し、ロゴマーク、ユニフォーム、新しいパンフレット、ポスター、そして施工、営業、クレーム、事務、アフター等、のマニュアルをつくり、指導内容も以前とはくらべものにならないシステムを作り上げた。
そして、山口恭一は200の加盟店に打診した。
「マニュアル、再指導を無料で提供するから、今度はロイヤリティーを1万円ずつ払うように。新規申し込みは3万円にする」
こういう打診をしたところ、加盟店の多くは離れていってしまった。いくら再指導をしてマニュアルを無料で提供されても、それに金を払おうとする人間はいない。つまり、情報に金を払おうとする人間が世の中にはきわめて少ないということを山口恭一は知った。また、同業者は、フランチャイズには参加しないものだという教訓も得た。
結局、残ったところは20数店。世の中の1割の人間しか、情報に金を払おうと思っていないということなのである。
しかし、それ以降、山口恭一はターゲットを切り換えた。
それまでは、脱サラした個人を対象としていたのだが、個人ではどうしても情報には金を出す気にならない。「それもよく分かる」と山口恭一は思った。そこで、これを機会に法人を対象とするようになったのである。法人ならば、情報に金を出す体質が、少なくとも個人よりはできあがっているからだ。
それで、現在のところ、トータル・サービスの会員企業は165社。後になって始めたウッドクリーニング加盟企業が、95社。みな、情報に対して金を払う気のあるところばかりである。
しかも、山口恭一は、平成5年度には、これを500社にするつもりであるという。