器があるから常務にするんじゃない!

トータル・サービスの創業時代から、山口恭一と仕事をともにしてきた菅谷という男がいる。彼は、山口恭一が会員権の販売会社にいたとき、ほとんど入れ違いで入って、2,3か月山口恭一の部下だった。
ちょうどトータル・サービスが加盟店の募集をしている間、菅谷も会員系セールスの会社を辞めて、広告代理店に勤めていた。山口恭一は、自分とは性格が正反対で粘り強く生真面目な彼を仕事に引き込もうとアプローチをはかった。年齢も2歳下だったので、会社の幹部に取り立てたいというつもりがあったのだろう。
しかし、菅谷にしても、父親の紹介で勤めた広告会社だったので、そう簡単に辞めるわけにはいかない。山口恭一のオダテとオドシをないまぜにしたような説得工作に、気持ちは揺れながらも、会社はやめないまま、トータル・サービスの仕事を手伝うようになっていた。
当時の菅谷の生活は、早朝、広告会社に出社する前に、前日に山口恭一から指示を受けてた施工の現場に行き、おもむろにスーツの上着を脱いで店舗のテントを洗い、ひと仕事終えて、会社に出社するというものだった。帰りにもまた、トータル・サービスに顔を出して、仕事の相談をしていたりした。
やがて、彼はなしくずし的にトータル・サービスに入社。次長として、山口恭一を補佐していた。とはいっても、社員が総勢7,8人の頃である。肩書に大きな意味はなかっただろう。
ところが、ある日の朝礼で、山口恭一が彼を常務にしようとすると、菅谷はそれを断った。理由は、「自分は常務の器じゃない」というものだった。
山口恭一は、この言葉を聴いて激怒した。
そして、菅谷の頬を平手でぶん殴った。
「てめえ、何度いったらわかるんだ。常務の器があって常務をやらせるんじゃない。オレだって、経営者の器があって経営者やってるんじゃない。常務の名前もらって、勉強するから常務になれるんだ」
山口恭一は、以前に菅谷に昇進を打診したときに、同じ論理で彼を説得していた。ところが、菅谷は一応は納得していたはずなのに、朝礼の席で、それを断ったのである。それで山口恭一は激怒したのだった。
当時を振り返って山口恭一は語る。
「幹部だといっても、給料は15,6万円だったから、ぼくが彼の立場なら、愛想つかして辞めていたかもしれない。彼はガマン強かったから続いていたけどね、とはいっても、殴ったのは、ぼくにとってもひとつの賭だった。のるかそるかのね。でも、おかげで彼とのいっそうの信頼関係が結べたわけです」
もちろん、山口恭一だって、菅谷がガマン強い性格であると見抜いていなければ、殴ったりしなかったはずだ。人に苦労してきた山口恭一には、人を見る目がいつのまにか培われていたのである。