だまされた相手も反面教師

前の会社で部下だった人間が2人、山口恭一について会社を辞めていた。山口恭一は、その2人とともに、会社を出発させた。
もっとも、このうちの1人は、「一緒にやりたいが、結婚するので、もっと安定したところで働く」といって、2,3か月目で辞めてしまった。
もう1人の社員も、株式の登記をすませてすぐ辞めてしまった。彼は、「所得税にもっていかれないように」と自分の給料を低くおさえその代わりに経費を使っていた山口恭一が、「会社 の金と個人の金を混同している」といって辞めてしまったのだった。山口恭一にとって、金はすべて会社の金だった。たとえどんな経費でも、それをを出すときの痛みは十分に感じているつもりだった。公私混同という指摘は、まったく当たっていないと考えていた。しかし、山口恭一は、その時に、「経営者と社員では、モノの見方がまったく違うのだ」という教訓を拾っている。
それはともかくとして、出張クリーニングの商売は、高田馬場の商店街を中心に徐々に広がっていった。商店のテントを洗ったり、調理場の換気扇を洗ったりして、徐々に地盤を広げていった。
そんなある時、掃除器具や洗剤を卸してもらっている会社の社長から、代理店の話がもちあがった。「うちの掃除器具を代わりに売らないか」というのである。
山口恭一は、この話にも軽率にほいほいのった。事前の調査とか、そんなことは、いっさい彼の調査にはなかったのである。とにかく目の前にいる人間の情報を信頼するということだけで仕事をしてきた彼は、疑うということを知らなかったのだ。
で、実際に掃除器具や洗剤を売ってみると、お客さんからのクレームばかりがはいるようになった。
「どうしたんだ、納期をすぎても製品がとどかないぞ」
そんな電話がしょっちゅう鳴るようになった。
山口恭一のところへもマージンが滞るようになった。
それでよく調べてみると、その会社は赤字経営だったので、売った商品を納入しなかったり、マージンの支払いが滞ったりしていることがわかった。
だが、この失敗から山口恭一は大きな教訓を手にしている。
彼のことばを聴こう。
「経営者になった以上、『手伝わないか』といわれたくらいでほいほい手伝ってしまっては、他人に迷惑をかけることがあるというのがよくわかった。自分だけならまだいいが、取引先にまで、迷惑をかけるようでは、困ってしまう。結局、相手の人間性が分かってから始めたのでなければ、うまくいかない。商売というのは、人間と人間がやっているということ。当たり前のことかもしれないけど、それがやっとわかった。この業界には、アメリカや西ドイツの家庭用の掃除機をマルチ商法まがいで売っている業者もいるけれど、そんなことやってたら、どうしたって先はない。機械を売るなら売るで、やはりアフターケアーをきちんとしなけりゃ話にならない。それがよく分かった」
商売は、人と人。
ちなみに、山口恭一のところにマージンを支払わなかったさきほどの会社は、ほどなく倒産した。
結局、その時は、掃除用具の輸入先から、「もし、売る気があるんなら、いつでも協力させてもらいますよ。山口恭一さんなら、お客さんに迷惑をかけないだろうから」という話がもちかけられた。それで、その時から、ハウスクリーニングの機械販売とインテリアクリーニングをスタートさせたのだった。
普通、商売が行き詰まると、それを切り離して、より可能性のある方面を追求する。ところが、彼の場合はそのマイナスをプラスに転換してしまったのである。
そこで山口恭一はそれを機会に、会社を株式化し、名前をトータル・サービスとした。