汚れる商売は食いっぱぐれがない

山口恭一には、分からないことがあると、誰かれかまわず聴いてまわる癖がある。
とにかくなんでも、聴いてまわる。
それが山口恭一の才能といえばいえるだろう。
セールスマンの道を順調に歩んでいた山口恭一だったが、2、3年もすると、そろそろ「経営者になったらなにをやろうか」と考えるようになった。
こうなると、自然とセールスの仕事がおろそかになり、成績も下がってしまった。数百万円あった月収も、次第に下がってしまった。
結局、会社には4年いたが、「経営者になりたい」という気持ちがむくむく頭をもたげてきたので辞めてしまった。35歳になったらやろうと思っていたことだったが、若いうちにやってみるのもいいだろうと考えたのである。 周囲の多くは反対した。せっかく年収が1000万円以上もあるのに、やめることはない、という者が多かった。 しかし、たった一人、喫茶店のマスターをしている先輩が、
「若いうちならば、やり直しもきくからいいんじゃないか」
と賛成してくれた。彼は、その先輩の言葉に大いに力を得た。
山口恭一は、そこで、いったいどんなビジネスをすれば、儲かるのかを探し求めるようになる。
自分が経営者になることは決めていても、彼はまだなにをするか、全然考えていなかった。その方面の情報がまったく収集されていなかったのである。
で、またまた彼は、あらゆる知り合いに聴いてまわった。
「いったいどんな商売が儲かるのか」
山口恭一は、「なにが、儲かるのか」という情報に向かってアンテナを張り巡らせていたのであ る。
すると、独立に賛成してくれた喫茶店のマスターから、的確な答えが返ってきた。
「汚れる商売は、はやりすたりがないっていうぜ」
こんなことも、商売をやっている人によっては、ごくごく当たり前、常識以前の問題だったろう。しかし、何も知らない山口恭一にとっては、宝石のように貴重な情報だったのだ。よく言えば情熱的、悪くいえば単純な彼は、1も2もなくその情報をいかすために動き始めた。
「最初はね、スーパーマーケットのカゴ洗いを始めようかって考えていたんです。これも、人から聴いたんですが、そんな商売があるってね。面白そうだと思えば、よく考えずにすぐ動いちゃいますから。で、まず、スーパーマーケットに行って、どこでカゴを洗ってもらっているのかを教えてもらった。聴いてみると、ちゃんと業者があるんですね。専門の業者がいる。で、つぎは、そこに行ってどんな風にして洗っているのかを見学してきたわけです」
カゴを洗うには、ざあざあと水を流すので、それが可能な場所を探さなければならない。豆腐屋ならば水をたくさん使うので、いまは使っていない豆腐屋でも借りようというつもりだったが、そんな適当な場所はなかなかなかった。1から洗い場を作っていては、莫大な費用がかかってしまう。
しかたなくカゴ洗いは諦めた。
そこでまた彼は持ち前の“聴き出し精神”を発揮してなにをすればいいのか聴いてまわった。
そのとき、
「汚れる商売っていっても、どんなものがいいかな」
と質問する山口恭一に答えて、やはり件の喫茶店のマスターが、
「そうだな、うちの業務用の換気扇を洗ってくれるなら、5千円か1万円なら出してもいいぜ」
といってくれた。
「それなら道具もいらない」
そう思った山口恭一は出張クリーニングの会社を始める決意をする。それが、前の会社を辞めて1か月もたっていない頃のこと。昭和55年1月のことだった。