奮戦! 1年たたないうちに課長になる

毎日8時15分に出社して、夜は11時過ぎまで、1日に10キロ以上歩きまわっていた山口恭一だったが、会員権はなかなか売れなかった。
ある家の奥さんを説得して、やっと契約が取れそうになったかと思うと、主人に反対されて話が消えてしまったこともあった。ここで山口恭一は、「契約はお金をもらうまでわからない。第三者の話で、簡単に消えてしまうこともある」という教訓をつかむ。
5月に就職して、6月、7月、8月と足を棒のようにして歩きまわった山口恭一だったが、会員権はいっこうに売れなかった。
しかし、その一方で、山口恭一は、“起業家精神”のなんたるかを少しずつ学んでいったのではないか。
「まずは行動」
そう思って続けていくうち、山口恭一も少しずつ成績をあげるようになっていった。初対面の人が、その場で契約してくれたこともあった。
160万円もする会員権が月に何本も売れるようになっていった。
3か月目から売れ出して、多い月には4本も売れたので、山口恭一は、半年後に係長代理になった。本当ならば部下が5人つくところだったが、「若すぎる」ということで、部下が2人ついた。
ところが、部下がつくと、こんどはまたいっこうにうれなくなってしまった。
このスランプは、山口恭一には理解不能だった。あせればあせるほど、成績は伸びなかったのである。
そんな時、上司がアドバイスしてくれた。
「お前は、部下をもってから肩に力が入りすぎている。自分一人で売ろうとしているだろう。部下を動かすことが大事なんだ」
このアドバイスは、山口恭一にとって、じつに貴重だった。
人間は、自分では自分の姿をよく見ることができない。しかし、他人ならば、いつでも客観的に自分を眺めてくれる。
そのアドバイス通りに力を抜いて、部下の指導に力を入れてみると、今度は面白いように売れ出した。30いくっあったその会社の係のうちで、いきなり2位に踊り出してしまった。
それ以降、成績は順調で、社のトップにまで踊り出た。係長代理から係長になり、課長になるまでに1年はかからなかった。21歳の若者が、20人の部下をもつ課長になってしまったのである。年収も1000万円を越えた。
三無主義だった若者が、営業をやることによって、大きく変身したのである。この変身には、誰よりも、山口恭一本人が驚いていた。